ヤギ山通信 その180 昔の人は、なぜ不便な山村に暮らしていたのか?

ある山岳カメラマンの記事が、とても共感できたのでぜひ。
「持続可能な・・」という言葉をよく聞くけれども、
昔の人は(といっても昭和代)、そんなこと当たり前だったのだろうな。
それが前提にないと、暮らしていけないのだから。

うちの近所にも、満州帰還者で、戦後開拓されて
今まだ元気に暮らすお年寄りがいます。
いつも、そのお爺ちゃん、お婆ちゃんの、
お茶の合間にぽろっとこぼれる話が、
実はひとつひとつ想絶(想像を絶する)で、
そして豊かで。
便利な時代に育って、今ここにいる私たちに
沢山の知恵をもたらしてくれています。

米山カメラマンの記事より・・
「彼らは自分の事は自分で出来る、お金に頼らず生きて行ける力を持つ、逞しい知恵と力の持ち主です。食べ物を収穫し、うまく保存し、炭を作り、製材をする。先行きの見えない今の時代、人が最も必要とする確かなものではないかな、と思うのです。」
彼らとは、山梨の山村に今も住む、お年寄りたちの事です。

全文読みたい方はこちら↓
昔の人は、なぜ不便な山村に暮らしていたのか?

そして、もう一つ。
これもよかったので、ぜひ。
その道、その橋、その町は、なぜそこにあるのか?

IMG_2671_R.jpg
限界集落と言われているこの地域も、
昔は街道があり、まだいくつかの集落があった。
小麦の製粉所や菜種の採油所、製材所・・
自分で作った材料を持ち込み、お金がなければ半分売って
それで製粉や製材などやってもらったと聞いた。
共同放牧場、共同採草地・・みんなで管理して少ない牛を飼っていた。
農業もみな複合で、田植えなども協力してやっていた。

時間の流れが全然違う。
重機もなく、馬や人力でやるしかなかった時代。
でも、きっと豊かな暮らしがあったと思う。
小さく、豊かに暮らすコツを、また今年も聞きに行こう。
お隣のおじいちゃん、おばあちゃんに。

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便利になって村が消える。

30年ほど前に、「日本国古屋敷村」という山形県蔵王山麓の“限界集落”の記録映画を授業で使ったことがあります。村人が「道路ができて、便利になって村が良くなると思ったら、みんな出て行ってしまった」という場面を生徒たちに考えさせました。“プロジェクトX”などと言ってはしゃぐだいぶ前です。北海道の1970年代の鉄道路線図と今の鉄道路線図を比べて、古いのはどっちという授業もやったことがあります。昨今、TPPで農業の五次産業化とか「農産物輸出をすすめろ」という上からの大号令は、またまた大きな間違いを犯すことになるでしょう。“減反政策”で日本の農業の哲学が歪み、持続可能性も破壊されたと思っています。

No title

ここのところ規模拡大に拍車がかかり、どんどんどんどん農業が巨大化していますよ!
私の仕事も終盤にかかっている感じがします。
私の後釜に、臨床が大好きな獣医を採用したいと願っているのですが、最近の若者は田舎が嫌いなのか?募集を出しても誰も来ません!
困ったものです

太らせて喰う。

農業の規模拡大、どれほど進んでいるのでしょう。20年前には規模拡大は簡単でないという話しもありました。TPPのボクの悪夢は、農業の規模拡大、株式会社化が進んだところで、米国のアグリビジネスがパクリと買収…、そして日本の農業は壊滅して農家が農業労働者となるというイメージです。さて、TPPがとん挫した現在、地域活性化や地方創生などと言う名の地域つぶしが進みそうです。
山田農場について

Author:山田農場
2006年から農場を開墾し、畜舎・住宅・チーズ工房などを自分たちで建てて、2008年からチーズの販売を始めました。山羊・ヒツジを放牧と地元で獲れる作物で育て、なるべく自然な飼い方で、なるべく自然なチーズ作りをしています。季節を感じ、土地の個性を感じるチーズを楽しんでいただけたら嬉しいです。また、自給自足が目標で、お金のかからない、できるだけエネルギーを使わない暮らしを目指しています。
カテゴリーにあるお店の紹介にはアクセス・営業時間など、チーズの紹介にはチーズの種類と価格など、ヤギ山通信には農場の日記を載せていますので、ご覧いただき、お問い合わせは電話・Fax・メールでお願い致します。

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